『<世界史>の哲学 古代篇』(講談社) 大澤 真幸著

  • 2012.03.16 Friday
  • 22:46

『<世界史>の哲学 古代篇』(講談社)

 大澤 真幸著

 

   ⭐⭐⭐

   身体への固執に隠された問題

 

 

大澤社会学でキリストの処刑や古代ギリシア思想を読み解くという本です。
論理としては説得力があり、読み物としては面白いので星三つです。

大澤はキリストの処刑を、イエスという具体的な身体を殺すことで、身体を抽象化し、その存在を普遍化するものと解釈し、「第三者の審級の抽象化」だと解説します。
僕が疑問に思うのは、その「第三者の審級」があくまで「身体」として捉えられているということです。
大澤の『身体の比較社会学』に詳しいですが、「第三者の審級」は「身体」をベースに構成された規範の妥当性を保証する他者のことです。「第三者の審級の抽象化」は「抽象身体」に当たるわけですが、そもそも抽象化された身体を「身体」と表現するのは適当なのでしょうか。
たとえばキリストの処刑にしても、身体の抽象化には言語の獲得を見る方が西洋的発想に思えます。実際この本の中でも、「今や、キリストの身体は、言葉によって維持されている抽象的な理念性の中にしか存在しないからである」(P62)と書いてありますし、カエサルの暗殺に関して、具体的な身体が「皇帝」という一般的な抽象名詞に転化した(P226)とも述べられています。
ラカンの「象徴界」を持ち出すまでもなく、抽象化において言語の役割に触れないのは哲学として問題があるように思います。特にキリスト教を語るなら尚更です。

詳しく説明する余裕がありませんが、象徴や抽象を身体ベースで捉えるというありかたは、西洋思想ではなく、日本の近代天皇制にこそ親和性があります。
大澤は『ナショナリズムの由来』でも主にナチスを扱い、日本近代を避けていますね。扱う文献などは徹底的な西洋中心主義であり、日本近代史をすっとばしながら、その思想の根底に日本的な近代を抱えている矛盾には、どこか釈然としないものをいつも感じてしまいます。

 

 

 

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