『若い読者のための哲学史』 (すばる舎) ナイジェル・ウォーバートン 著

  • 2018.06.30 Saturday
  • 22:13

『若い読者のための哲学史』 (すばる舎)

 ナイジェル・ウォーバートン 著/月沢 李歌子 訳

 

   ⭐⭐⭐⭐

   イギリス視点の哲学史に〈フランス現代思想〉は存在しない

 

 

イェール大学出版局の「リトル・ヒストリー」シリーズの『経済学史』はなかなか良い内容でしたが、

この『哲学史』も著者は違うのですが、40の断章で哲学史上の思想家を紹介していきます。

これだけ多くの思想家をわかりやすく取り扱うウォーバートンの力量には感心させられますが、

彼が大学に籍を置かないフリーの哲学者であることにも驚きました。

大学の出版局からの著書なのに、大学の先生でない人に書かせられるほど、イギリスの人文知の裾野は広いのだと感じます。

 

ソクラテス、プラトンから始まっていき、アウグスティヌス、トマス・アクィナスを経て、

デカルト、パスカル、スピノザと続き、ルソー、カントへと至る流れは王道と言えます。

聞いたことがある哲学者の名前が次々と出てくるのは、ビギナー向けとしては欠かせない要素です。

また、ウォーバートンはビギナーが困らないように、わかりやすい説明を心がけています。

エピクロスは僕にはそれほど馴染みのある思想家ではなかったのですが、

「エピクロスの教えは、ある種のセラピーでもあった」と説明されると、興味が掻き立てられます。

 

ヴォルテールについて書かれている章もためになりました。

彼は言論の自由の擁護者で、「あなたの主張には反対だが、そう発言する権利は命を懸けて守ろう」と発言したそうです。

僕はR大学の准教授に言論弾圧を受けたことがあるのですが、そういうインチキ野郎に比べてヴォルテールは偉い人だと思いました。

ヴォルテール自身は権力者である貴族を侮辱したとして、バスティーユ監獄に入れられてしまったのですが、

それでも周囲の偏見や疑わしい主張に疑問を呈し続けるのをやめない、勇敢な人だったとウォーバートンは述べています。

ヴォルテールの『カンディード』がライプニッツの楽観主義を風刺しているというところも、

非常におもしろく読みました。

 

誤解されやすいルソーの「一般意志」についても鮮やかに説明しています。

共同体全体の利益になるものが一般意志であるため、自己本位であれば誰もが税金を払いたくないと思うものだが、

一般意志に基づくと、共同体が適切なサービスができるのに十分な高さの税金を支払うべきだということになる、

という例を出されると、理解が平易になります。

 

ただ、本書はイギリス人による哲学史のためか、ウォーバートンの個人的趣味のためなのかわかりませんが、

全体にドイツ思想に対して評価が厳しいように思いました。

カントの道徳哲学をアリストテレスと比較して、ウォーバートンは次のように書いています。

 

アリストテレスは、真に徳のある人はつねに適切な感情をもち、その結果として正しい行動をすると考えた。カントにとって、感情とは、見せかけではなく本当に正しいことをしているのかどうかをわからなくして、問題をあいまいにするものである。

 

カントは理性さえあれば道徳的でいられると考えたというのがウォーバートンの説明なのですが、

あまりにカント思想の理解が表層的に思えます。

 

20章に登場したイマヌエル・カントは、「嘘をつくな」というような、どんな場合でも適応される義務があると主張した。だが、ベンサムは、行為の善悪は結果によって判断されるとし、状況次第だと考えた。嘘をつくのはつねに誤りだとは限らない。

 

この「嘘をつくな」の例はカントの定言命法を説明するのにふさわしいとは僕は思いません。

その意味で、ウォーバートンの記述にはカントに対する悪意が感じられなくもありません。

ヘーゲルやニーチェの扱いもあまり良いとは言えませんでした。

バートランド・ラッセルの紹介などは非常に良く書けていたので、やはりイギリス偏重という傾向は否めないと思います。

 

特に日本人にとって違和感があると思われるのは、フッサールとハイデガーの現象学と解釈学に対する記述がほとんどないことでしょう。

ハイデガーの名前を出したかと思うと、すぐにアーレントへと話を進めてしまうあたりは不自然に思えます。

また、サルトルとボーヴォワールには触れるのですが、

日本では現代思想の代名詞であるフランスの構造主義とポスト構造主義の思想家については一言も触れていません。

アーレントからカール・ポパーへと進み、トーマス・クーン、フィリッパ・フット、ジョン・ロールズときて、

オーストラリアの哲学者ピーター・シンガーで締めくくられます。

 

イェール大学による哲学史ではいわゆるポストモダン思想は哲学ではないというのは非常に興味深く思えました。

その意味では日本的な現代思想バイアスを修正するのに本書は適しているかもしれません。

個人的には、ポパーがフロイトなどの精神医学に反証可能性がないため、非科学だと批判したというところが勉強になりました。

思想家の変わったエピソードなども差し挟まれていたりして、読み物としてもなかなか面白かったです。

 

 

 

calendar

S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< January 2019 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM