『アブサロム、アブサロム!』 (岩波文庫) ウィリアム・フォークナー 著

  • 2018.06.23 Saturday
  • 01:20

『アブサロム、アブサロム!』 (岩波文庫)

  ウィリアム・フォークナー 著/藤平 育子 訳

 

   ⭐⭐⭐⭐⭐

   死者たちが奏でる滅びゆく家族の歴史

 

 

本作は南北戦争後のアメリカ南部を描き続けたW・フォークナーの「ヨクナパトーファ・サーガ」のひとつです。

フォークナーはアメリカ南部にヨクナパトーファ郡という架空の地を生み出して、

自分の小説の神話的な舞台としました。

彼の作品群が「ヨクナパトーファ・サーガ」と呼ばれるのはそのためです。

 

19世紀にヨクナパトーファ群で農場主にのし上がったトマス・サトペン一家の悲劇を描く本作は、

ストーリーを展開させる「語り」の構造が複雑化しています。

 

フォークナーは『八月の光』では複数の登場人物に次々と視点を移し替え、

その人物の語りによって事件の外観に迫りますが、

肝心の中心人物の来歴については、よくある文学的な手法でしか描けませんでした。

その意味で『八月の光』は文学と映画の折衷のようなスタイルで、ある程度の読みやすさを保っているように思います。

 

しかし、『アブサロム、アブサロム!』は事件がすべてが登場人物の語りによって描かれています。

メインの語り手として登場するのは『響きと怒り』にも登場するクエンティン・コンプソンです。

クエンティンがサトペン夫人の妹のローザ・コールフィールドに呼ばれてサトペンの話を聞くところから物語は始まります。

その後、クエンティンは父親との会話、ハーバード大学の学友シュリーヴとの会話の中で、

トマス・サトペンとその子供たちの悲劇的物語を生み出していくのです。

 

つまり、本作はサトペン一家の物語でありながら、物語にサトペン一家が直接登場しない構成になっています。

物語の当事者は一人を除いてすべて死者となっていて、それを語るローザもすでに死者である上に、

クエンティン自身も先行作品である『響きと怒り』で自殺を果たしているため死者同然といえます。

(シュリーヴはもう一人のクエンティンと受け取れるように注意深く描写されています)

このように、本作は死者が死者を語った小説だと言えるのです。

おそらくフォークナーは神話的想像力に必要なのは、20世紀的な映画のカメラではなく、死者による「語り」であると考えたのだと思います。

 

こうして語られる物語はダビデ王の息子アブサロムを題名に用いていることでもわかるように、

神話的モチーフを匂わせた父と息子たちの悲劇となっています。

サトペンにはヘンリーという息子とジュディスという娘がいました。

ヘンリーが尊敬の念を抱く学友チャールズ・ボンとジュディスが恋仲になったところで、南北戦争が起こります。

南北戦争に参加した二人はなんとか死地をくぐり抜け、花嫁ジュディスのもとに戻るところで、

ヘンリーがボンを射殺してしまうのです。

そこにはサトペンの血にまつわる「呪い」とも言うべき因縁があったのですが、

それはクエンティン(とシュリーヴ)に語り出されることで、死者が生き直すかのごとく、次第にあらわになっていきます。

 

物語の内容だけをストーリーとして語れば、これほどの巨大な作品になる必要はないようにも思えます。

しかし、他でもありうる可能性をひとつひとつ潰すようにして長々と続けられていく、

卓越した比喩を駆使したフォークナーのトランス感にあふれた語りが、

この物語に訪れる運命的な破滅へと向かって、読者を誘い込むために費やされているのは間違いありません。

読者もクエンティンやシュリーヴと一体になって、そしてサトペン一家の人々と一体になって、

アメリカ南部の呪いの中にからめとられていく息苦しさと重々しさを感じていくのが本作の醍醐味です。

紛れもなく天才の仕事だと言えるでしょう。

 

 

 

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