「nyx(ニュクス) 第4号」 (堀之内出版)

  • 2018.06.17 Sunday
  • 21:00

「nyx(ニュクス) 第4号」 (堀之内出版) 

 

 

   ⭐⭐⭐⭐⭐

   中世スコラ哲学を広い視座から捉え直す試み

 

 

日本人の西洋哲学史の一般的イメージだと、プラトン、アリストテレスなどの古代ギリシア哲学からR・デカルトへと飛んでしまいがちです。

その間に位置するスコラ哲学に陽が当たらないのは、日本人のキリスト教受容への抵抗心が関係していると思いますが、

陰になりがちなスコラ哲学を開かれたものにしようというのが今号の特集です。

 

スコラ哲学には僕もまったく明るくないのですが、

「スコラschola」は「学校」を意味する言葉で、多様なテキストを引用し組み合わせて自説を展開する総合的な哲学のことを意味しています。

当然のことながらキリスト教と密接な関係を持つ神学色の濃い思想で、

ドミニコ会のトマス・アクィナスやフランシスコ会のドゥンス・スコトゥスが思想家として有名です。

 

冒頭はトマス・アクィナス『神学大全』の翻訳をした稲垣良典と本特集の主幹である山本芳久の対談です。

山本はスコラ哲学がキリスト教思想とギリシャ哲学の統合を目指したことを述べ、

その魅力について、自然界、人間、神を全体的に考える視点と、概念や言葉を精緻に区分する視点が統合されていることを挙げています。

細分化しすぎている現代の学問を考える上で、スコラ哲学の体系的な発想が意味を持つとも考えています。

稲垣は学問や思想が我々の生と遊離していることを指摘し、

スコラ哲学が「人間として生きているというリアリティ」に結びついていることを強調します。

 

文化や学問が細分化によって生や生活に空虚なものでしかなくなっている現状を問題視して、

稲垣と山本がスコラ哲学の持つ全体的な視点を見直すことを提案していることに僕も共感しました。

デカルトにしてもマキァヴェッリにしても中世の思想家は多様な分野の知に通じていました。

最近は専門バカによるオタク的な発想を正当化したいがために、

それが選ばれし者の「芸術的」発想であるかのように仮構したがる輩も目立ちます。

狭い分野の生半可な発想をいたずらにメタ化することは、知性でもなんでもないという認識が、もっと共有されてほしいと思います。

 

松村良祐は擬ディオニュシオスがトマス・アクィナスの思想に与えた影響について書いています。

このディオニュシオス・アレオパギタについて僕はまったく無知だったのですが、

5、6世紀のシリアの神学者で当時はかなり影響力のあった思想家だったようです。

トマスも、アウグスティヌスと同様の扱いで擬ディオニュシオスを多く引用しています。

パウロの直弟子で『使徒行伝』を書いたディオニュシオスと混同されていたために、

実は別人ということを示すため「擬」とか「偽」とかつけられているようなのですが、

ちょっと気の毒な命名ですよね。

 

松村は『神名論』にある擬ディオニュシオスの「神の愛は脱我を作り出す」という言葉をトマスがどう理解したかを明らかにして、

トマス自身の「脱我」の思想を深く理解しようと試みています。

脱我は自己を離れて他者へと至る他者志向的な在り方です。

しかし、脱我は自己愛の優位性のもとにあるため、自己愛をモデルとして他者愛が派生するというかたちで把握されています。

では、トマスは愛の対象である他者を「もう一人の自分」として自己投影することで、

自己と他者の境界を取り去るような「合一」を考えているかというと、

そうではないというのが松村の主張です。

脱我は神の愛を通じて、自分ではなく愛の対象へと向かっていくために、

他者というものが自分と異なった存在であることを強調することになる、と述べるのです。

 

土橋茂樹の論考は東方神秘主義的な「神との合一」概念がトマスによって再生されるまでの流れを追っています。

プロティノスの「一者との合一」には「自己投企と受容」という対概念が欠かせないことを示し、

偽ディオニュシオス『神名論』において「自己投企と受容」がどのように語られているかを見ていきます。

 

ディオニュシオスは神との合一にあらゆる知性の働きを停止することを求めたのですが、

その後の彼の注釈者(スキュトポリスのヨハンネス?)によって、細分化された部分を総合する知性主義的解釈へと発展しました。

しかし、サン・ヴィクトル修道院のフーゴーからトマス・ガルスに至る学派では、

ディオニュシオスの論にラテン・キリスト教による「愛による合一」の要素が入り込み、

知性を超越した神秘主義的な解釈がなされていて、知性主義的解釈と対照を見せていました。

 

その後、トマス・アクィナスの『神名論註解』でディオニュシオス注解の集大成が成し遂げられるわけですが、

トマスは神から分有された完全性をもとに、その原因へと遡るかたちで否定的に神へと超越していく途を描きます。

除去による途、卓越による途、因果性による途の三段階を経て、第一の根源である神へと上昇する道を、

トマスはあくまで知性によって遂行されるものとして考えています。

そのため、トマスも知性主義的解釈の延長にあるといえるわけですが、

土橋は「自己投企と受容」の力動性を強調する神秘主義的解釈がトマスにも見られるとしています。

 

著書『トマス・アクィナス』で理性と神秘の関係について考察した主幹の山本芳久の論考「三大一神教と中世哲学」は、

前教皇ベネディクト16世の2006年の講演を取り上げ、中世哲学を媒介にイスラム教とキリスト教の現代的問題を考えるというものです。

 

ここで山本は理性と神秘の統合について考察しています。

山本は教皇の講演から中世哲学の理性観である「理性の自己超越性」を読み取ります。

神は人間の理性による把握を超えているのではなく、人間の理性で汲み尽くせない豊かさを備えるため、

理性によって「無限に認識されうるもの」だとして、超越が理性に開かれたものであることを示します。

その後、超越と理性の統合について、イブン・ルシュド、マイモニデスからトマス・アクィナスに至る変遷を追いかけています。

 

他にも勉強になる論考がたくさんあるのですが、書ききれないので割愛します。

個人的に感心したのは、三重野清顕の「トマスとヘーゲル」というヘーゲル論です。

F・ヘーゲルは『哲学史講義』の中でスコラ哲学を「煩瑣哲学」としてあまり評価していないので、

両者の関係を考える論は意外に思えたりもしますが、

三重野はトマスとヘーゲルを同一性と差異の問題において比較していきます。

超越と内在、同一性と差異とが最終的に同一に帰するという点で、ヘーゲルはトマスと異なるとしつつも、

ヘーゲルが対立者を統一的に把握する同一性の思想家という評価は一面的すぎると三重野は言います。

ヘーゲル思想には有限者と無限者を「切り離しつつ結びつける」否定性の概念があるからです。

 

三重野は『大論理学』「本質論」にある本質の自己同一性を取り上げ、

ヘーゲルによれば本質と存在は互いに排斥し合う関係であり、本質と存在は否定的関係にあります。

そのような否定的な在り方は共に存在の領域に属しているため、

本質はそれ自身が自己否定的に存在へとなることで、相互排斥関係を解消していきます。

つまり、本質の自己同一性は自己を無化する自己差異化を経由した上での同一性となるのです。

「本質は、自分でないことによって自分自身である、という否定性である」と三重野は述べています。

 

ここから絶対者を構成する「反省」論へとつながるようなのですが、紙幅の都合で詳細には触れていません。

統一と差異を統合するような反省の自己否定的な活動が、主観と客観を統一する絶対的同一性を導くことが軽く示されています。

対立者を統合するヘーゲル思想の同一性が自己の否定性(他者)を原動力としているという指摘は、非常に重要だと思いました。

 

アラスデア・マッキンタイアのトマス的実在論にも良いことが書いてありました。

マッキンタイアは哲学的な探求が、職業的な哲学者が一般の人々の問いを受けて進めているとしています。

つまり哲学は専門家の知的パズルなどではなく、人生の根本問題に関わるものだと言うのです。

哲学が学問としての自己保存のために、学問領域の興味にしか応えない「批判のための批判」になってしまえば、

それだけ一般の人々には関係のないものとなっていきます。

人間不在の思想などがまさにそれで、こういう思想は学問を言い訳にした「責任逃れ」だと僕も感じています。

 

本誌の第二特集は分析系政治哲学と大陸系政治哲学についてのものです。

政治哲学において大陸系も重要であるというような話でしたが、

正直僕にはそれほど興味深い論考はありませんでした。

 

内容についていくのが大変な特集ではありましたが、新しい思想の世界に触れることができて有意義でした。

 

 

 

評価:
山本 芳久,松村 良祐,土橋 茂樹,坂本 邦暢,松森 奈津子,飯田 賢穂,三重野 清顕,村井 則夫,山内 志朗,アラスデア マッキンタイア,松元 雅和,井上 彰,山岡 龍一,山本 圭,森川 輝一
堀之内出版
¥ 2,160
(2017-08-20)

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