『小屋を燃す』 (文藝春秋) 南木 佳士 著

  • 2018.05.25 Friday
  • 11:27

『小屋を燃す』  (文藝春秋)

  南木 佳士 著

 

   ⭐⭐⭐

   とりとめのないゆったりとした老境

 

 

芥川賞作家で医師でもある南木佳士の連作短編集です。

帯には「南木物語の終章」と書かれているのですが、

南木自身と重ねられる語り手の老境がこれということもない日常から浮かび上がります。

 

本書には4編の短編が収録されていますが、

前半の「畔を歩く」「小屋を造る」は書き下ろしで、残りは「文学界」に掲載された作品です。

南木の小説を読んだのが初めてなので、単に読みが浅かったのかもしれませんが、

全編を通して、味わいの「淡さ」が逆に印象的でした。

随筆と小説の区別が曖昧なスタイルは、古井由吉などを代表として、日本では珍しくもないものですが、

物語性を捨てて作者の感慨を前面に出すスタイルのはずが、南木自身の感慨が非常に「淡い」のです。

 

「畔を歩く」は語り手である医師が、長野の総合病院を退職するにあたり、去来する思いを綴ったものです。

語り手の記憶がとりとめもなく展開していくため、この話はいつのことなのか把握が難しく、

そのうえ、語り手自身の私生活は影をひそめるわりに、患者の人生が唐突に入り込んでくるので、

これが誰の話であったかも見失いそうになる瞬間があります。

小説があまりうまくないといえば、そうなのかもしれませんが、

他人など存在しないかのように「自分語り」に勤しむ若い世代の文章にウンザリさせられているだけに、

僕としてはこういう老境の「淡さ」が興味深く、そして貴重に思えました。

 

適当に目についた文を引用します。

 

 丁さんは小屋の構造のあまりの脆弱さに、腰に手をあてて甲高く笑った。

 

 だれだよなあ、こんなちゅっくれえなもん建てた連中は。

 

 笑いの果ての腹の底に力のこもらぬ発語は、これも廃材で制作されたすのこを何枚か敷き詰めて床とし、丙さんの手によって解体現場から直接持ち込まれた粗末な椅子とテーブルと食器棚を備えたこの小屋の常連だった丁さんの、なんだ、おれはこんなところに何年も通って焼酎を呑んでいたのかよお、との自嘲を含むらしい。

 

カギカッコを使わないで行空けをしてセリフを書いたり、

むやみに文節をつなげて長々しく文章を書いて茫漠としていたり、

あまりうまい文という印象は持てないのですが、

それでも印象を刻むような流行りの短文とは正反対の、屈折のこもった「淡さ」に、南木の年輪を感じないわけにはいきませんでした。

 

登場する患者には人名で呼ばれる人も登場するのですが、

語り手の仲間の人物たちは、甲さん乙さん丙さん丁さんとだけ記述され、

読者が彼らをキャラクターとして把握することを拒むように描かれています。

キャラの薄い人々が小屋を造り、小屋を壊すだけの話など、

あまりにとりとめがなさすぎて多くの人にウケるとは考えにくいのですが、

ときにこのような日本らしい小説が読みたくなるので、

できれば芥川賞経由の純文学というジャンルは生き残ってほしいものです。

 

 

 

評価:
南木 佳士
文藝春秋
¥ 1,620
(2018-03-29)

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