『神道入門』 (ちくま新書) 新谷 尚紀 著

  • 2018.05.20 Sunday
  • 10:27

『神道入門』 (ちくま新書)

  新谷 尚紀 著

 

   ⭐⭐⭐⭐⭐

   「神道とは何か」を通史で解き明かす試み

 

 

本書は「神道とは何か」を柳田国男の系列にある民族伝承学の立場から探求したものです。

最初こそ折口信夫の「かむながら」という語についての考察が取り上げられていますが、

本書全体の内容は通史的なアプローチが中心なだけに、

歴史的な手続きや文献の紹介は相当にしっかりしているという印象がありました。

読者は著者の専門を特に意識しなくても読んでいけると思います。

 

「神道は、その本質は、素材materialsにではなく、形式formeにある」

新谷はそう述べて、神道は「容器」であるという結論を冒頭で示しています。

一般的に宗教には教祖・教義・教団の3つの要素があると言われますが、

神道はそれらが曖昧であるため、一般的な定義としては宗教と呼びにくいことは確かです。

乱暴に言ってしまえば、これという内容がないために、「容器」だと言うしかないということでもあります。

 

新谷は指摘していないことですが、一般的な宗教は特定の国家と密着していないものです。

しかし、神道は日本という「場」にひどく密着しています。

「容器」にしても、その容れ物が日本という「国」とあまりに密着しているのはなぜなのでしょう?

(ユダヤ教はユダヤ人と密着しても、「国」とはさほど密着していません)

新谷の考察がこのことに及ばなかったことが僕には不満ですし、

そのために本書の結論が不明瞭で曖昧なまま終わってしまったように思います。

 

記録の中で「神道」という語が初めて登場したのは『日本書紀』ですが、

神祇信仰と神祇祭祀を意味で宗教的な体系性はなかったと新谷は述べています。

桓武王権の時に使われた「神道」の語には、古来の神器祭祀という意味に加えて、

世に益を与える目的を備えた儒教的な徳治思想の考え方が混じります。

任命天皇の勅では、神道は仏法に従属するものとされていたりします。

このように、神道は儒教や仏教の混合物のようになっていて、

実際は儒教や仏教に対して独立した同一性を持つものと考えるのは難しいことがわかります。

これを新谷は「神道」という語の「包括力の強さ」としています。

 

中世の神道、近世の神道、近代の神道、それらに一貫して見出すことのできる特徴とは、まさにこの、どんな意味でも吸い込んでしまう「神道」という語の包括力の強さなのである。

 

こうして新谷はそれぞれの時代の「神道」の意味するところを描き出していくわけですが、

「どんな意味でも吸い込んでしまう」ということを裏から考えれば、

これといった歴史的同一性を持っていないということになるわけです。

そのつどそのつど自分を満足させる「言い訳」さえあればいい、

そのような場当たり的な肯定感(スキゾフレニー!)こそが日本という「容器」の正体ではないかと僕は疑っています。

 

それが最もよく現れたのが、室町時代後期に創唱された新しい神道である吉田兼倶の吉田神道・唯一神道ではないでしょうか。

吉田神道は密教や道教や陰陽道を模倣しつつ、神道が仏教伝来以前から日本に存在した正統な教えであることを主張しました。

外来文化を取り入れて成立したものが日本文化であるのに、それに先立って日本独自の本質があったと主張したがる、

このような心理は明治以後の国家神道にもつながっています。

 

兼倶の独自性は、積極的にみずから経典を偽作し(「神明三元五大伝神妙経」等々)、神話を捏造して(国常立尊を大元尊神として主神として、天照大神が天児屋根命に授けてその子孫である卜部氏が代々相承してきた神道だと主張するなど)、仏教中心ではなく神祇信仰を中心とする新たな神道説を強引なまでに主張しそれを実際に広めていった点にあった。

 

吉田兼倶は偽造と捏造によって、神道が万法の根本であって、仏教や儒教はその枝葉にすぎないと主張したのですが、

その考えも兼倶のオリジナルではなく、『鼻帰書』をもととした両部神道の流用だと新谷は述べています。

新谷は中世神道の姿として語っていますが、僕は典型的な後進国のやり方だと感じます。

 

近世神道になると、江戸幕府の支配イデオロギーである儒教を背景にした神道論が見られるようになります。

林羅山の理当心地神道では、儒学は神道を含むものとされ、神道の実践が儒教的な人徳の政治の実践だとされました。

山崎闇斎が唱えた垂加神道は、朱子学の理と神道の神を結びつけ、

人の心には天の理である神が内在し、神が心の本質をなしているとして、

それを「天人唯一之道」と表現しました。

これを唯一具現したのが天照大神であるとしたことで、

「君(天皇)の地位は絶対不変であり、君が不徳の場合でも君臣合体の境地に至るまで相互に努力すべきである」としたと新谷は述べます。

天皇への絶対的な信仰を説いたこの垂加神道は、のちに尊王論へとつながっていきます。

 

平田篤胤の復古神道は戦前の国家神道との関係でイメージが良くないのですが、

新谷はその後のことはともかく、当時の平田篤胤の実像を描くことに精を尽くしています。

しかし、僕にはやはり平田の思想自体に戦時国体の精神につながるものを感じないわけにはいきませんでした。

 

平田篤胤は、あらゆる事物の背後、究極に神が実在する、という考えをもとにして、人間の本性を、産霊神の御霊によって授けられた情・性・真の心であり、それに対して偽らずに生きる道を、真の道だ、と解説したのである。

 

このような思想は戦時の浄土真宗から登場した暁烏敏の思想と酷似しています。

つまり、現世の欲望を偽らずに解放する享楽的生活こそが神の道であるという考えです。

儒教も仏教も人の真の情に逆らった実行不可能な掟を立てている、として、

平田はそれらを退けて皇神の道を語るのですが、

新谷は平田の教説にも儒教や仏教の類似が見られると指摘しています。

 

本書はこのあと明治政府による神道政策や国家神道について見ていくのですが、

新谷は明治政府の神道政策は長州派の維新官僚が作り上げたもので、平田などの近世神道とは直接の関係を持たないと考えています。

しかし、僕はこのような神道の歴史を見てみると、現在まで続いている日本人の「らしさ」というものを感じないではいられません。

外来文化を勤勉に摂取し、それを自己流に工夫し利用して、最終的に集団的ナルシシズムの充溢をめざすというルートです。

 

これを段階的なものとしてまとめましょう。

佐野波布一の日本精神の歴史的段階論とでも言っておきましょうか。

 

 ヽ依菠顕修龍佇戮弊歇

◆ヽ依菠顕修鮗己流に工夫して利用

 それを自らのアイデンティティとして捏造

ぁ^きこもり的内輪享楽にふけって自滅、混沌、衰退

 

日本人のメンタリティはだいたいこれの繰り返しではないでしょうか。

戦後日本の歩みもこの流れに合致すると思います。

もちろん現在は第い涼奮にあたります。

共同体のあり方を個人がどうにかできるはずもなく、僕はこの流れを冷静に見つめていくだけですが、

歴史の必然には逆らえないのではないかと思っています。

 

 

 

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< August 2019 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM