『ヘーゲルと現代社会』 (晃洋書房) 寄川 条路 編著

  • 2018.05.15 Tuesday
  • 22:05

『ヘーゲルと現代社会』 (晃洋書房)

  寄川 条路 編著

 

   ⭐⭐⭐⭐

   現代に生き続けるヘーゲル思想

 

 

日本では20年以上の間、出版業界やマスコミでは現代思想というと〈フランス現代思想〉一色で、

〈フランス現代思想〉ファシズムと言ってもいい状態を続けてきました。

そのため、マルクス・ガブリエルのようなドイツ思想家の紹介文や対談相手まで、

〈フランス現代思想〉研究者が指名される滑稽な国になってしまいました。

このような状況下で、

ドイツの現代思想研究者は日本に存在しているのか、と疑問に感じるのは僕だけではないと思います。

それで大きな書店で探してみたところ、本書と出会いました。

晃洋書房──やっぱり商売気の強い出版社ではないんですよね。

 

日本でほとんど過去の人扱いされているF・ヘーゲルの思想は、

海外ではヘーゲル・ルネサンスと言われるくらい取り扱われています。

(それを考えるだけでも、日本の〈フランス現代思想〉偏重が非学問的動機を背景にしていることがわかります)

その見取り図を示したのが、本書の姉妹編といえる『ヘーゲルと現代思想』ですが、

マルクス・ガブリエルについて書かれた論考が入っていたので、こちらを先に読ませてもらいました。

 

小井沼広嗣が執筆した第1章は、ヘーゲルを再評価したチャールズ・テイラーを取り上げます。

テイラーはヘーゲルを共同体主義者として評価しています。

近代になって登場した自由な個人は、

自分自身で自分の生き方を規定する「自己規定する主体」となりましたが、

そのかわり、自己を束縛するいかなる具体的な状況をも拒否するために、

現実に着地できない存在となってしまいました。

そこでテイラーは状況によって自由を規定する「状況づけられた主体」が重要だと考え、

ヘーゲルの「客観的精神」などを援用しつつ、それを探求したのです。

 

総括的にいえば、テイラーは、ヘーゲルが啓蒙主義に由来する「自己規定する主体」を批判し、代替として「状況づけられた主体」を探求した点において、ヘーゲルを評価する。しかし、そこで提示された自己、ならびにそれを可能とする文化的共同体が、最終的には宇宙的精神が自らを表現するさいの媒介物として解釈される点については、ヘーゲルに対し否を突きつける。

 

小井沼がこう述べるように、テイラーは言語などの文化的な共有財産によって成立したヘーゲルの「客観的精神」を評価するのですが、

ヘーゲルがその先に見た形而上学的な「宇宙的精神」については受け入れていません。

ここでは「状況づけられた主体」に基づいて多文化主義的なアイデンティティの相互承認の重要性に至る、

テイラーの共同体を重視した思想のあり方がまとめられています。

 

岡崎龍による第2章は、G・ルカーチの「物象化」論を再構成したアクセル・ホネットの思想と、

それに対する批判を紹介しています。

ホネットは「承認」を人間にとって本来的なものと捉え、物象化が承認を忘却すると批判しました。

岡崎はこのホネットの論に対するD・クヴァドフリークとJ・バトラーの批判を確認したあと、

再びルカーチの物象化の考察へと戻ります。

 

自分に属する契機がすべて商品化されたプロレタリアートは、客観的存在としての主体でしかないとルカーチは言います。

主体を否定して客体化したプロレタリアートは、その物象化した状態を逆説的に主体性としているのです。

岡崎はルカーチに関連するヘーゲルの『精神現象学』を読み直し、

客体としての「事そのもの」が、主体へと移行することを考察することで、

ルカーチの物象化論の構想を捉え直そうとしています。

 

鈴木亮三の第3章では、J・ハーバーマスの『自然主義と宗教の間』を取り上げて、

哲学の脱宗教化についてヘーゲルの祭祀=供犠の考察を参照しつつ考えていきます。

 

岡崎佑香の第4章は、J・バトラーが『アンティゴネーの主張』で展開したヘーゲル批判を扱っています。

岡崎はバトラーとヘーゲルそれぞれの解釈を比較して、ヘーゲルが女性の欲望と共同体をどう関連づけていたかを明らかにします。

 

飯泉佑介が書いた第5章はマルクス・ガブリエルの新実在論を扱っています。

ガブリエルの『なぜ世界は存在しないのか』は体系的な思想書として完成しているとは言い難いため、

その後のガブリエルの学術論文を読んだであろう飯泉の論考が楽しみでしたが、

読んでみて、彼の主張には大いに不満が残りました。

 

飯泉は重層的な対象領域や意義領野(Field of Sence、「意味の場」)に基礎付けられたガブリエルの存在論を、

「階層理論的な無世界論」と捉えて、ヘーゲルの思想と照らし合わせていくのですが、

僕がガブリエルのレビューで書いたように、彼の「意味」(意義)の再評価に着目せずに世界の不在だけを語る理解は、

ガブリエルの思想を去勢するような読み方でしかありません。

 

伝統的に形而上学が「実在の全体」(omnitude realitatis)を対象としてきたことを踏まえるならば、無世界論的な新実在論はまさしく「メタ形而上学的ニヒリズム」と呼ばれるにふさわしい。「世界は存在しない」という主張は、形而上学の対象そのものが存在しないことを意味するからである。しかし、そこから新実在論の意義が何よりも反形而上学的な考え方にあると推測するのは誤りである。なぜなら、この考え方だけを取り出すならば、それは、ハイデガーやルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインの形而上学批判にも見て取れるからである。

 

このように飯泉はガブリエルの新実在論が「反形而上学」であるという理解を「誤り」とまで強調するのですが、

その根拠がハイデガーやヴィトゲンシュタインの形而上学批判が結果的に形而上学だったから、という意味不明なものなのです。

ハイデガーが存在の全体を「無」と捉えたことと、ガブリエルの世界の不在という主張を結びつけ、

世界の不在=無世界と解釈してしまうわけですが、これは飯泉の手前勝手で短絡的な解釈でしかありません。

それは世界の全体を語ることを禁じるガブリエルの主張に逆らう行為でしかありませんし、

普通に考えても、「世界は存在しない」という言明と「世界の全体は無である」という言明が、

同じ意味を表していると解釈することは論理的に誤っていると言えます。

もし、ガブリエルが世界の全体を無世界と考えているとするなら、ガブリエルの文章を引用してそれを立証するべきでしょう。

「ハイデガーもそうだったから」では理由になりません。

 

ドイツ観念論の研究者であるガブリエルに形而上学的な志向がないとは僕も思いませんが、

それを「世界」という全体性の観念で捉える形而上学に関しては、ガブリエルは明確に反対していると思います。

その意味では反形而上学的な解釈を「誤り」とまで断言することが妥当だとは思えません。

このように飯泉はガブリエルの主張に反して世界の全体を語る形而上学視点を守り続けるため、

最終的に矛盾を自ら露呈するような文章を書いてしまいます。

 

ところでガブリエルの領域存在論も、無限の諸領域の動的な階層構成によって「世界」を考察する方法論だった。それゆえ、ガブリエルはヘーゲル哲学の方法論的特徴を摂取し「再構成」して、自分の領域存在論を練り上げたと推測できるのである。

 

飯泉の中では「世界は存在しない」ことを主張したガブリエルの論が、

「階層構成によって「世界」を考察する」領域存在論になってしまっています。

世界を考察する方法だったら、世界は存在しているじゃん!

もうガブリエルの主張が台無しです。

あげくヘーゲルの「再構成」とまで言うのですが、F・シェリング研究者であるガブリエルにシェリング思想の影響はないのでしょうか。

(まあ、「推測できる」らしいので勝手に書いても良いのでしょうが)

 

僕はガブリエルの思想には、人間主体を基盤とした意味の再評価によって、非人間的領域のメタ化を禁じる狙いがあると思います。

自然科学の一元的専横などの、人間不在のメタ化を戒めたいという思いは、

ガブリエルが意味を重視していることでも明らかではないでしょうか。

もし、飯泉の解釈が正しいのなら、なぜ彼の解釈からはガブリエルが意味を重視したことが抜け落ちてしまうのでしょう。

自分にとって都合の悪いところは無視し、都合のいいところを「再構成」してわかった気分になる、

日本の西洋思想研究にありがちな態度だと感じました。

(ガブリエルが2015年以降に『意義領野』とか『意義と存在』という題名の論を出していることはどうなるのでしょう)

〈フランス現代思想〉は日本では本国の思想とかけ離れたインチキ思想になりましたが、

こういう論を平気で書くようだと、ドイツ思想の研究者も同じ穴のムジナだということになってしまいます。

 

帯には「社会問題に切り込む実践の書」とありますし、「まえがき」にも「ヘーゲル哲学の実践編となる」とありますが、

本書には具体的な社会問題が言及されているわけでもなく、実践的な要素は皆無でした。

本書はどう見ても思想を紹介したり考察したりする普通の思想書です。

題名や本全体の方向性のアピールについては、もっとふさわしい書き方があるように思います。

 

 

 

評価:
寄川 条路
晃洋書房
¥ 2,052
(2018-03-30)

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