『文選 詩篇 (一)』 (岩波文庫) 川合 康三 他訳注

  • 2018.03.24 Saturday
  • 22:18

『文選 詩篇 (一)』 (岩波文庫)

  川合 康三・富永 一登・釜谷 武志 他訳注

 

   ⭐⭐⭐⭐⭐

   中国古典文学の規範となった『文選』が文庫で読める

 

 

『文選』は中国南北朝時代に興った梁の蕭統(昭明太子)が526年から531年にかけて編纂した総集(文学アンソロジー)です。

戦国時代から秦・漢・魏・晋・南朝宋・南斉・梁にわたって、規範となるべき詩が集められています。

もとは全30巻であったものが、唐の李善によって60巻に分けられました。

そのうち詩篇にあたる19巻から30巻までを、岩波文庫版では全6冊で刊行していくようです。

 

本書には収録されていませんが、当時の文学ジャンルは広範で、

公的な言辞や実用的な文書である命令書や意見書も『文選』には収録されています。

実用的な文章にも文学的修辞がほどこされたりする中国では、

文学が政治的実用性と深く結びついていたのですが、『文選』の編纂からもその姿勢がうかがえます。

そのような文学的伝統を考えれば、漢詩をただ美的に享受する読み方は、

近代的な詩概念に毒された表面的な理解でしかないかが明らかになります。

(詩が物質的で人間不在だとか得意気に言う人は、ツラばかりデカい不勉強なオタクだということです)

 

『文選』はそれ以後の総集を編纂する基準として利用され、唐では科挙の試験勉強に必須のテキストとなります。

そうして盛唐期には確固とした地位を確立します。

杜甫が自分の詩の中で『文選』を褒めたたえていたことも、僕の印象に残っています。

北宋になって蘇軾が『文選』の批判を展開しますが、これも『文選』を権威化しすぎた人々への反発があったように思います。

蘇軾は昭明太子の編纂が無秩序で取捨選択も適切ではない、と手厳しいのですが、

音楽CDのベスト盤の収録曲に不満を持つ人は当然いるものです。

 

『文選』には屈原、宋玉などのビックネームに加えて、

刺客として秦の始皇帝暗殺を計った荊軻や、漢の高祖劉邦の詩と言われるものもあるのですが、

これらは本書には収録されていませんので、続刊に期待します。

本書の読みどころは唐以前の最高の詩人と名高い曹植の詩が6篇収録されていることです。

兄である魏の文帝(曹丕)との葛藤に苦しんだ曹植の姿が、切実さを湛えた詩句から浮かび上がってきます。

 

『文選』に詩が40篇も収録された南朝宋の謝霊運は「山水詩」と言われる叙景詩の元祖ですが、

謀反の嫌疑をかけられて最後には処刑される悲劇の運命を辿ります。

解説にも書かれていますが、彼は風景を純粋に美的な対象として描いてはいません。

汚濁にまみれた世の中から離れて、自然の中にあるべき真実を見出そうとしています。

 

西晋の左思も容姿にも恵まれない不遇な人物でしたが、

本書に収録されている彼の「詠史八首」は、自身の憤懣を美しい対句で表現しています。

(中国人の美意識を考えるときに、対という要素は欠かせません)

このように政治的に不遇な人物の思いを、漢詩によって社会に再回収する中国文化のあり方が、

可視化された現体制の評価を絶対化しがちな日本人と違い、

体制外の潜勢力を貪欲に掘り起こすことにつながっていると僕は思います。

 

中国は王朝の交代が頻繁であり、社会基盤に一神教の宗教もないため、

政治権力の相対性が文化の中にも刻み込まれています。

たとえ現体制において政治的に評価されなくても、政治体制より広範な「文化」によって回収され、

他の体制において花開く可能性をもつ潜勢力として記録に残されていくのです。

つまり、古代中国では文化が政治以上に包括的なものとして理解されていたのです。

(たとえ異民族が王朝を建てても、漢民族の文化システムが異民族体制までも吸収したことを考えればその威力は歴然です)

残念ながら日本には既存体制のイデオロギーを超える「文化」があったとは思えません。

だから、レベルが低かろうが世に流通すれば優れている(売れてる=正義)という短絡的発想が信じられてしまうのです。

 

古代日本人も学んだ中国古典を読むことは、日本のルーツを訪ねることでもあります。

そこには古代日本人が吸収しなかった要素があるはずなので、

それを再回収して現代に活かすこともできるのではないでしょうか。

 

 

 

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