『H・P・ラヴクラフト:世界と人生に抗って』 (国書刊行会) ミシェル・ウエルベック 著

  • 2017.12.18 Monday
  • 21:35

『H・P・ラヴクラフト:世界と人生に抗って』 (国書刊行会)

  ミシェル・ウエルベック 著

 

   ⭐⭐⭐

   ウエルベック最初の著書

 

 

ミシェル・ウエルベックは僕が新作を楽しみにしている数少ない作家の一人ですが、

彼が1994年の最初の小説『闘争領域の拡大』以前の1991年に、H・P・ラヴクラフトの本を出していたのは知りませんでした。

大学時代の友人がラヴクラフトをこよなく愛していたため、その影響でラヴクラフトは読んでいたのですが、

ウエルベックとの接点は想像もしていませんでした。

 

ウエルベックは文明に対する嫌悪をエネルギーとしてディストピアを描いてきました。

マイルドな作風の『地図と領土』でゴンクール賞を受賞してから、一躍日本でもメジャーな作家になりましたが、

もともとはラヴクラフトと同じくカルト的な作家です。

たしかに現実を題材にしながら、その世界を別の世界へと接続していく手法は、

ラヴクラフトと似ていないこともありません。

 

ウエルベックは「わたしはこの本をある種の処女小説として書いたように思える」と序文に書いていますが、

本書で描かれるラヴクラフトは、ウエルベックが描きたいラヴクラフトという印象で、

アカデミックな手つきの作家研究とは隔たりがあります。

 

あらゆる人間の渇望すべての絶対的な無意味さにここまで侵蝕され、骨まで刺し貫かれた人間は、きわめて稀だろう。宇宙は素粒子の束の間の配置に過ぎない。混沌に至る過渡的な形象。やがて混沌が勝利を収めるだろう。人類は消滅するだろう。

 

唯物論と無神論を信条とし、マゾヒズム的な悦楽に身を投じ、世界と人生に抗うラヴクラフト像は、

僕にはウエルベックの自画像に見えて仕方がありません。

その意味で本書はラヴクラフト論というより、ウエルベックのラヴクラフトに宛てたラブレターのように感じます。

(序文を書いたスティーブン・キングがウエルベックの結論や推断に不満があると書くのも当然だと思います)

 

とはいえ、ラヴクラフトの書き残したものを引用してウエルベックも自説を論証しているので、

彼の描くラヴクラフト像に説得力がないというわけではありません。

ウエルベックは、ラヴクラフトが清教徒的で慎しみ深い人間だとしながら、

人種主義者で世界全般への憎悪を抱いた特殊な人物だとします。

 

彼は生涯、人類全般への蔑視という、貴族特有の態度を貫き通し、それが個々人にたいする極度の親切さと結びついているのだ。

 

人物への興味という点では、ラヴクラフトが金銭と性欲を描くことに冷淡だったことが挙げられます。

これが世界への抵抗のわかりやすい例だとウエルベックは思っているようです。

ラヴクラフトは名声とは縁がなく死んでいったのですが、彼が「自分を売る」ことを頑固に拒んでいたことも興味深かったです。

本書に引用されたラヴクラフトの手紙を見る限り、彼の反商業主義を貫く態度は本物です。

こういう同時代的でない人物の作品を掘り起こして評価する力のある文化もまたすばらしいと思いました。

 

ラヴクラフトは結婚してニューヨークに住むのですが、

ニューヨークがラヴクラフトの作品に決定的な影響を与えたという観点は鋭いと感じました。

ニューヨーク滞在によってラヴクラフトは人種主義へと傾斜します。

人種主義が「クトゥルフ神話に登場する悪夢的存在の描写の直接的な起源である」と、

述べるウエルベックは、人種的憎悪がラヴクラフトの詩的トランス状態を引き起こした、としています。

このあたりはウエルベックらしい露悪的な発想だと感じます。

 

しかし、人種主義は単なるヘイトとしては現れません。

ラヴクラフトの小説の犠牲者になるのは、アングロサクソンの教養ある控えめな人物、つまりラヴクラフト自身の分身である、

ウエルベックはそう指摘して、そこにマゾヒズムを読み取るのです。

考えてみれば、ウエルベックも『地図と領土』の登場人物として自分自身を登場させ、殺人事件の被害者にしています。

このように、本書はラヴクラフトを知るだけでなく、ウエルベック本人をも知ることができる興味深い書物といえます。

いや、それ以上に、ウエルベックに興味がなければ特に面白くもない本かもしれません。

 

 

 

評価:
ミシェル・ウエルベック,スティーヴン・キング
国書刊行会
¥ 2,052
(2017-11-24)

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