『小林一茶 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典』 (角川ソフィア文庫) 大谷 弘至 著

  • 2017.10.15 Sunday
  • 22:02

『小林一茶 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典』

  (角川ソフィア文庫)

  大谷 弘至 著 

   ⭐⭐⭐⭐⭐

   読みやすいだけでなく読み応えもある一冊

 

 

ビギナーズ・クラシックスの久々の新作は、今年没後190年の小林一茶です。
本書では一茶の俳句が一句ずつ紹介されるのですが、
有名な句を取り上げた後は、年代順に句を取り上げていくため、
俳句を味わいながら一茶の人生を追いかけていくことになります。
執筆するのは、俳句結社「古志」を長谷川櫂から若くして引き継いだ大谷弘至です。

小林一茶の句は親しみやすくわかりやすいものが有名です。

 我と来て遊べや親のない雀
 痩蛙まけるな一茶是に有
 雀の子そこのけそこのけ御馬が通る
 やれ打な蠅が手をする足をする

本書でもこれらの句は冒頭で紹介されるのですが、
大谷はそのために「一茶の句は子ども向けであり、深みがない」という偏見があると指摘します。
本書はその一茶像を描き変えるために、15歳で奉公に出された修養時代、父の死、江戸生活、信濃生活、晩年と
一茶の人生を背景にして俳句を味わう構成になっています。

また一茶は3歳で母を亡くし、継母との関係に長い間苦しみます。
長男でありながら江戸に奉公に出されたのも、おそらくそういう事情でしょうが、
父の遺産相続で争い、故郷で暮らすまで40年近くを要します。
その後に結婚しますが、不幸にも子供を次々と亡くし、若い妻にも先立たれます。
そのため、一茶をかわいそうな人と見る偏見もあるようです。
大谷は一茶がその苦難をどう乗り越え、作品へと昇華させたのかに一茶の思想を見るべきだ、と述べています。

初心者向けという制約の中で、自分の信じる一茶像を描き出そうという大谷の試みは、
程よい力加減で双方を両立させることに成功していると感じました。
時に俳句の解釈には異論もありそうですが、ビギナーズ向けとすれば許容できる範囲です。

《雀の子そこのけそこのけ御馬が通る》に権力への反発心を読み取るのも共感できますし、
一茶の句の特徴に「世界を大きく俯瞰する詠み方がある」とするのも、
長谷川櫂門下らしい指摘に思えて納得させられます。
《天広く地ひろく秋もゆく秋ぞ》などの大柄な句がもっと評価されるべきだと大谷は言います。

《我星はどこに旅寝や天の川》の句に「広大な宇宙のなかに自分の星を見出している」とし、
天文学や天体望遠鏡の発達によって進歩したこの当時の宇宙観を考察するあたりも秀逸でした。
《よりかかる度に冷つく柱かな》を無邪気な愉快な句とだけ捉えるのではなく、
柱の冷たさを一茶の生家の冷たさと捉え、遺産相続交渉の難航を象徴するとするのも無理を感じません。
一茶の人生に寄り添いすぎてセンチメンタルにも感じますが、僕は嫌ではありませんでした。

あまりそう思われていないかもしれませんが、実は一茶が推敲を多くしていることにも大谷は触れています。
この点は僕も重要だと感じているところなので、安心しました。

大谷は「一茶はあるがままにおのれのありようをさらけ出す強さを持っていた」と述べています。
その姿勢を、「自然法爾」という浄土真宗の「他力」へと結びつけるのですが、
あるがままを出すのが「強さ」であるという指摘は重要だと思いました。
自分をメタへと退隠させ、「主体の抹消」などと思想的意匠でごまかしながら、
アイロニカルにしか世界と触れ合えない「弱い」俳句を新しいかのように喧伝する「勘違い」が最近目につきます。
ピカソは写実の絵もうまいですし、相田みつをも書字の達人です。
源流を理解し基礎ができた上で新しいものをやるのでなければ、薄っぺらいものになるのは必然です。

一茶の集大成的作品『おらが春』は独立して取り上げられ、一茶の死生観や「自然法爾」についても踏み込みます。
冒頭の句《目出度さもちう位也おらが春》で、
大谷は最上でも最悪でもない「ちう位(中位)」というあり方に苦難の世をどう生きるべきかの答を見出します。
「わざわざ演出して工み拵えためでたさでなくていい」「ほどほどに生きていければいい。そのためには、あるがままでいるのがいい」
「ちう位」という言業には、余計な欲を出さずに「あるがまま」でいることの大切さが込められています。

一茶に限らず、日本の古典には行きすぎた人為を嫌う風流心が見られます。
虚構に魅入られた現代人は過剰演出に精を出していますが、
日本の古典的精神からすれば、そういうものは風流心に欠けた「よしなしごと」であるということに思い当たる必要があるでしょう。

『おらが春』の最後の句《ともかくもあなた任せの年の暮》では、
「自然法爾」のあるがままの態度が阿弥陀仏に身を任せる「他力」へと通じることが述べられます。
「他力」とは、話題性やセールスに依存することで利を得ようとする浅ましさのことではありません。
欲張らずにいる「つつましさ」にこそ「他力」の本分があるのではないでしょうか。

晩年の一茶は苦難の連続のように思えます。
家族を次々と失い、最後は大火事で家も失い、土蔵暮らしの中で死んでいきます。

 一茶の人生は一貫して悲惨なものであったが、それを悲惨なものと
 して詠むことは少なかった。人生の悲惨を乗り越えたところに一茶
 の俳句があった。

このように大谷は述べるのですが、本書を読み通すとこの言葉に納得ができます。
全体としてビギナーズ向けのスタンスを維持していながら、読み応えもある本でした。
良書ですが、長谷川櫂の解説が、弟子可愛さとはいえ、「あるがまま」を逸脱した過大な書きぶりだったのが残念です。

 

 

 

評価:
---
KADOKAWA
¥ 821
(2017-09-23)
コメント:『小林一茶 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典』 (角川ソフィア文庫) 大谷 弘至 著

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