『フラワーズ・カンフー』 (ふらんす堂) 小津 夜景 著

  • 2017.09.08 Friday
  • 01:04

『フラワーズ・カンフー』 (ふらんす堂)

  小津 夜景 著

 

   ⭐

   空洞化した言葉の浪費

 

 

私は完読主義なので、どんな本も最後まで読むことにしているが、
不徳の致すところで年に数冊はそれを断念することがある。
正直に言えば、本書は私が今年はじめて完読に耐えられなかった本である。
そのため、レビューなど書かないつもりでいたが、
この程度の作品を評価しようというふらんす堂界隈の潮流に反発を感じるので、
例によって少数意見を承知で書かせていただくことにする。

まず第一にフランス在住らしい小津は、〈俗流フランス現代思想〉を旗印にして創作を行なっている。
意味から逃走し、主体を抹消すればアートだという発想や、
確定的なことを避けて曖昧化し、無を提示すればアートだという発想がそれである。
このような潮流は新しさを売りにしている俳人に目立つ愚かな「勘違い」である。

たとえば『君の名は』ヒット以後に、新海誠やRADWIMPSをほめあげる人がいるとする。
このような「遅れてきた俗人」をアートな感性の持ち主だと評価できるだろうか?
当然あなた方はそんな評価はしないであろう。
それと同様に、バブル期に隆盛した消費資本主義を背景にした〈俗流フランス現代思想〉を、
30年たった後になってから振り回す人間が凡庸であることは言うまでもないことである。

ただ時間が経っているから、ということではない。
〈俗流フランス現代思想〉は消費資本主義やインターネットテクノロジーによって、
思想的意味なくして人々がすでに享受している「日常」だからである。
主体の抹消とか「私ではない愉悦」とか何かたいそうなものに言っているのが恥ずかしくならないのが不思議だが、
そんなものはネットによって地上から切り離された「メタ的」主体のことでしかない。
だから〈俗流フランス現代思想〉はメタという言葉を使わずにごまかしている。
とっくに「日常」化したものがアートであるはずがない。
そんなこともわからない連中が俳句界隈やふらんす堂界隈には多数生息している。

ハッキリ言って小津の創作は別に俳句でなくても構わないのである。
本書の体裁がそれを示している。
それなのに本書は四ツ谷龍賞(通称「田中裕明賞」)という俳句の賞を受賞している。
そう、このような「アートぶった凡庸さ」を最も受け入れてくれるのが俳句界なのである。

その理由を分析するのは簡単だ。
まず俳句界は年寄りが多い。
バブル世代の人間が「若手」という呼び名で存在することができる。
小津の年齢を超越した少女趣味的な作風も、違和感を抱かずに受け入れてもらえる。
時代遅れのものを「新しい」と詐称してもバレる危険が少なくてすむ。
それから俳句界には内輪主義が横行している。
内輪の世界は外の世界から隔絶されているので、時代遅れでもその世界の文化として享受されて事なきを得る。

それだけではない。
近代以降の俳句が主体の不可視化を目指したため、
消費文化による安直なメタ化によって結果だけ一致させても、
それこそが俳句だという詭弁を弄することができるのである。
(どこぞの同人誌でメタ化に勤しんでいる自身を「俳句原理主義」に位置付ける赤面ものの「勘違い」もあった)
俳句界は創作主体の「不可視化のプロセス」と「安直なメタ化」のしっかりとした区別をしていないことを反省すべきである。
小津は言葉の手前にあるものを、意味づけを回避して、
「生成作用としてのジェノ・テクストそのままの様相で表出することができたら」と思うらしいが、
このような「主体のメディア化」こそが、商品を選択する手前にある「主体の貨幣化」であり、メタ的な主体でしかないのである。
消費資本主義と〈俗流フランス現代思想〉がバブル期とその余韻の時期に日本で隆盛したのは偶然ではない。
要するに小津はオシャレなお買い物を楽しむプチセレブ的感覚で「俳句らしきもの」を提出しているだけなのである。
(「安直なメタ化」だから2年ちょっと俳句に触れただけで、俳句が書けた気になれるのである)

小津がいかに凡庸な「模倣」の精神に貫かれているかは、最初の数句を読んだだけでもわかる。

 あたたかなたぶららさなり雨のふる
 ミモザちる千年人間(ミレネタリアン)のなきがらへ
 日々といふかーさびあんか風の羽化
 うららかを捧げもつ手の手ぶらかな
 さらばとて聞かで消えたるのどかさの

「たぶららさ」「なきがら」「かーさびあんか」など、なぜひらがなで書くのだろうか?
意味の形成を遅らせることで、音韻の視覚化を試みているのである。
(それは幼児性とも無縁ではない)
このような意味からの逃走は〈俗流フランス現代思想〉的発想であり、
お買い物的発想もしくはネットサーフィン的発想でしかない。
意味を脱臼することで言葉を「オシャレな景物」つまり商品へと転落させているのである。
ブルゾンちえみも言っている。「小津の俳句は読むんじゃないの、眺めるの」というわけである。

そのくせ「千年人間」のように意味を結びにくい語はご丁寧にフリガナまでつけて、
なにか思想的人間であるかのように振舞っている。
しかし、この句に中身などまったくないのである。
小津の言葉は徹底的に空洞である。
皮をむいて中身など出てくるはずもない、小津夜景という存在は皮そのものなのだから。

読んでいて嫌になるのは、とりあえず「無」を提示すれば格好がつくと思っているところである。
タブラ・ラサは白紙であるし、亡骸が無であるのは言うまでもないし、
カーサビアンカは白い家、手ぶらは何も持ってない、消えたるも無である。
なぜ一体、詩があるといえるのか、むしろ無があるだけではないのか、と言いたくなる。
このように無に回収して詩の顔をするやり方そのものが凡庸なのであるが、
田島健一の俳句にも同じ傾向が見られるのでうるさく言っておきたい。
消費者的自己が凡庸で空洞でしかないにしても、ただ「無」を提示するだけでは詩となるはずがない。
時代に媚びた凡庸さの常として、やることがワンパターンになるので、
この手の人々は処女作だけチヤホヤされて終わることになる。

俳句の技巧や語法を利用して、イメージ過多な誤読を誘うやり方は、
本書の帯文を書いている鴇田智哉の「模倣」ともいえる。
私はすでに鴇田の時にワンパターンだと指摘しているので、鴇田ほどの出来にない小津の句は読むに耐えなかった。

本書には散文や(私は読む気にもならなかったが)なんちゃって漢文アレンジも載っているが、
散文を読むのはより厳しいものがあった。
「出アバラヤ記」(このユダヤ的モチーフがいかにも〈フランス現代思想〉の模倣と感じさせる)と名づけられた部分から引用する。

 たちこめる霧。うちともる吾亦紅。水にせまる空木のえだぶり。やす
 らぐ鳥の葉隠れのむれ。眼に見えるものはいつだって優しげだ。

                 目ぐすりをくすぐる糸の遊びかな

庭の描写らしいのだが、よく読んでもこれは実景に結びつかない。
霧の中でさらに葉隠れなのに鳥のむれが「眼に見える」のも解せないが、
鮮やかさに欠ける吾亦紅が霧の中で灯るというのも、実景描写というより、
観念的な言葉だけを並べて景に見せている文でしかない。
こういう手前勝手な観念を描写のふりをして差し出す態度からは、
「世界(もしくは読者)をナメている」という印象を受けるだけである。

 うしろを振りかへると、ほのぐらい天とうすあかるい地とが、霞のな
 がれに掻き混ぜられたやうに広がり、その中にぼんやり浮き沈みする
 小屋があつた。

               しろながすくぢらのやうにゆきずりぬ

小屋の前の空間でしかないのに天と地とが混ざり合うというのは、
あまりに大げさすぎて実景の感覚からはほど遠い。
「ほのぐらい」と「うすあかるい」の対比も非常に観念的で、
とりあえず曖昧にしておけば幽玄な感じになるだろうという意図ばかりが目立つ。
散文になると、小津がこういう主体的な観念ばかりを並べていることがよくわかり、
彼女が主体を抹消しているのではなくメタ化しているだけでしかないことがハッキリする。
そのくせ、パリの描写になると急に事実の羅列をはじめて、フランス在住であることを伝えようとするのである。

 駅についた私たちは切符を買ひ、二十分おきの列車を待つ。パリまで
 の所要時間は約一時間。駅舎の向かひは教会の敷地で、ステンドグラ
 ス工事中の大聖堂がそびえてゐる。正面の広場は日曜市の賑はひだ。
 大聖堂の周りにぐるりとめぐらされた柏の枝をたくみに利用して、洋
 服屋が万国旗のやうに商品を陳列してゐる。

個人的には、こういう普通の文を書くのに旧かなづかいを使いたがる自意識にウンザリさせられるのだが、
視覚的要素だけでアートたりえると思っている浅はかさにはつき合いきれない。

俳句界が自分の文化に自信を失っているのかわからないが、
現代的でありたいと思うあまり、このようなポストモダン的な「勘違い」に擦り寄りすぎている。
とっくに日常化した発想をふり回す人材が有能であるはずもなく、
他のジャンルで通用しない難民がルサンチマンを垂れ流すことに終わることであろう。

 

 

 

評価:
小津 夜景
ふらんす堂
¥ 2,160
(2016-10-17)

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