『僕らの社会主義』 (ちくま新書) 國分 功一郎 著

  • 2017.07.19 Wednesday
  • 22:04

『僕らの社会主義』 (ちくま新書)

  國分 功一郎/山崎 亮 著 

 

   ⭐⭐

   葛藤のない社会変革はファンタジーでしかない

 

 

書名に「社会主義」をかかげたり、帯文に「社会革命を語ろう!」とあったりしますが、
オルタナティヴな社会構想を掲げる本ではありません。
國分と山崎の二人は現在の日本の状況を19世紀イギリスと似ているとし、
(格差と労働環境だけでそう言っちゃうのですが)
その時代の「イギリス社会主義」を担ったジョン・ラスキンやウィリアム・モリスについて「楽しく」語り合う本です。

ただ、二人の話を聞いてもラスキンやモリスの思想にそれほど詳しくなるわけではありません。
多くは建築物の装飾性がモダニズムにおいて失われたことと、
山崎の活動をもとに住民参加型の地域コミュニティということが語られます。
このような内容は資本主義下でも実行可能なものですから、
モリスなどの名前を出さなければ「社会主義」という看板を掲げる必要はないものです。

そもそも、建築物の装飾性については、日本の文化と直接には関係していません。
彼らは徹頭徹尾西洋を題材にしているのですが、そのくせ日本社会の変革を想定しています。
それこそがモダニズムの発想でしかないと思うのですが、
彼らにはそうした葛藤が全くないのです。
僕には彼ら(特に國分)のこのような「歪み」に対する「無葛藤」が、
決定的な思想的欠陥に思えてなりません。
自分の国の現実と向き合わない人に地域コミュニティの話をされても、どこか欺瞞を感じてしまいます。
(安易にメタに立つ無責任さがリベラル陣営が保守ナショナリズムに対抗できない主原因だと思います)

「無葛藤」は二人の「社会主義」に対する語りにも現れています。
國分は「はじめに」で二人が心奪われた「社会主義」について語っているのですが、
その説明には美辞麗句が並んでいます。

 一言で言うならば、それはとても素敵な社会主義である。
 楽しさと美しさを心から肯定する、そのような考えの社
 会主義だ。

社会主義のイメージを改めたいのはわかるのですが、
あまりに都合がいいことを言い過ぎていて実感がわきません。
彼は「楽しさを自給しながら、生活を美しく飾ること」とも述べていますが、
これならオシャレな生活写真をインスタに上げて満足すれば達成できそうです。
こういう現代社会との葛藤のない内容を語って「社会革命」とか言われても、
言葉の軽薄さと無責任さが印象づけられるだけです。

山崎も「おわりに」でこんなことを述べています。

 僕らにとっての社会主義は、つまみ食いする対象としての
 社会主義である。美味しそうな部分もあるし、不味そう
 な部分もある。美味しそうだと思うところだけをつまみ
 食いしながら、次の地域社会について考えたい。

都合のいいところだけ取り上げるなら、葛藤など起こりません。
実現できれば結構なことだと思いますが、そんな現実があるのでしょうか?
僕はこういう発想は非常にSNS的だと感じました。
「いいね」だけが流通するウェブ上のまやかしの世界。
これは架構されたコミュニティの個人享受であって、
現実のコミュニティに着地することのないファンタジーでしかありません。

このように本書では「社会主義」という看板を掲げているわけですが、
実態はあいもかわらぬ「ポストモダン」の立て直しを訴えているようにしか見えませんでした。
むしろ、それを隠蔽するために「社会主義」を持ち出したという印象です。
第4章で國分は住民参加はポストモダンだとして、
「ポストモダンの民主主義を考える」などと言いだすのですが、
さて「社会主義」はどこに行ったのか、と詐欺にあったような気分になりました。
そもそも住民参加をわざわざ「ポストモダン」に結びつける必要はないと思います。
結局、國分は有効性がない自分の仕事を弁護したいだけなのでは? という疑問を抱きました。

本書を読む限り山崎の活動は大事だし、いいことを言っていると思いますが、
國分に担がれてしまってポストモダンの擁護に利用されているのが気の毒でした。
帯にはさわやかなイケメン学者二人の笑顔が並んでいて、
衝動的に「いいね」と言いたくなるのですが、
書物はやはり内容で評価しないわけにはいきません。
「楽しい」本に水を差すレビューで申し訳ありませんが、
葛藤のない現実などありえないことを身をもって示した次第です。

(付記)
最近の文学の衰退の大きな原因はこのような現実的に避けられない葛藤を排除する欲望にある。
村上春樹のような葛藤のないナルシス作品だけが生き残ったのもそのためである。
本来、〈フランス現代思想〉は否定性や他者性を重んじる思想だが、
日本の〈俗流フランス現代思想〉は知の商品化を進めた消費資本主義に乗って、
現実の否定面やそれとの葛藤の排除に勤しんでいる。
(低評価レビューを書く人は「基本アホ」とツイートした千葉雅也などが典型であろう)
現実との葛藤こそが文学であるはずだが、日本の文芸誌とかいう文化は、
いまだ〈フランス現代思想〉の連中の対談を掲載したりしていて、知の商品化のパラダイムから抜け出せずにいる。
現状を分析するなら、現実のネット(による人間の欲望)世界に対する敗北である。
現実的葛藤の排除はそのわかりやすい現れであり、
「僕らの社会主義」どころか藤田省三が言った「安楽の全体主義」の完成でしかない。

 

 

 

評価:
國分 功一郎
筑摩書房
¥ 864
(2017-07-05)
コメント:『僕らの社会主義』 (ちくま新書) 國分 功一郎 著

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