『鎌倉幕府と朝廷〈シリーズ日本中世史 2〉』 (岩波新書) 近藤 成一 著

  • 2016.04.06 Wednesday
  • 21:56

『鎌倉幕府と朝廷〈シリーズ日本中世史 2〉』(岩波新書)

  近藤 成一 著 

 

   ⭐⭐⭐⭐

   幕府と朝廷の並立体制の成立

 

 

日本中世史シリーズの第2巻の本書は、
鎌倉時代幕府の成立から滅亡までを扱う鎌倉時代の通史です。

通史といっても題名にある通り、政治体制に焦点が集中しています。
庶民生活や鎌倉仏教については取り扱っていません。
モンゴル戦争については一章を割いていますが、
素人が全貌を知るには外交に重点がありすぎて不向きです。

新書サイズなので政治体制に限定しているのは理解できます。
そのため、買う方は自分の興味に合致しているか気にした方が良いでしょう。

鎌倉時代は幕府と朝廷の並立体制が始まった時代です。
明治になるまでこの体制が維持されるほど日本人には浸透したものです。
(現在の日本政府とアメリカ政府との関係にも影響しているかもしれませんね)

源氏将軍が三代で絶たれた後は、九条家の摂家将軍、皇族の親王将軍と続くことで、
二つの権力がダイレクトに関係を保っていたことがわかります。
面白いのは、幕府は北条家の得宗、朝廷は院政とどちらも「影」に実権があるということです。
これは僕個人の感想ですが、この構造の上位に、
朝廷の「影」で実権を握る幕府という構造が成立したのかもしれません。

本書は鎌倉時代の裁判についても詳しく書かれています。
荘園の管理は従来、荘園領主(本所)のもとで下司が行っていたのですが、
源頼朝が地頭を設置したために、下司が地頭に置き換わっていきました。
それまでは本所は下司に不満があれば解任などで解決できたのですが、
それが地頭となると幕府に訴えなくてはなりません。
そのため所領をめぐる裁判が数多く起こったようなのです。

『十六夜日記』を書いた阿仏尼が裁判のために鎌倉に向かったのは有名な話ですが、
鎌倉時代の裁判の重要性は直接に政治体制の問題に端を発したのだとわかり、
非常に勉強になりました。

その地頭の設置を朝廷が認めたことが幕府成立の基盤になったわけですが、
どうやら源義経の討伐時の期限付きの臨時処置だったみたいです。
緊急事態の一時的処置が常態化するというのは、
本当に権力者の常套手段だなと感じました。

 

 

 

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