『【中東大混迷を解く】 シーア派とスンニ派』 (新潮選書) 池内 恵 著

  • 2018.07.06 Friday
  • 12:49

『【中東大混迷を解く】 シーア派とスンニ派』

  (新潮選書)  池内 恵 著

 

   ⭐⭐⭐⭐

   シーア派については詳しいが、スンニ派については物足りない

 

 

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』に続く池内恵の【中東大混迷を解く】シリーズの第2弾は、

イスラム教の2大宗派のスンニ派とシーア派の対立を扱います。

イランはシーア派が主導的な国で、サウジアラビアはスンニ派主導で仲が悪いとか、

ISIS(イスラム国)はスンニ派に属するなどの情報は僕も知っているのですが、

実態としてどこまで宗派対立が中東情勢に影響を与えているのか、ということまではよくわかりません。

中東情勢に詳しい池内による本書が宗派対立の実際を学ぶのにうってつけだと思って読んでみました。

 

冒頭で池内は中東問題を宗派対立に還元する視点を否定します。

すべて宗派対立が問題だとするのは現実的な理解を妨げるとしながらも、

政治が宗派を利用することが実際に行われていて、「宗派主義による政治は、動かし難く存在している」と述べています。

宗派対立といっても教義においての対立ではない、としながら、宗派は政治的に構成されたとも言い切れない、とも言います。

結局、池内自身は宗派対立の現実について、まともな回答を避け続けているように感じました。

なかなか難しい問題なのは想像できるのですが、他人の見解を否定しておいて自身の見解が不明瞭なのには不満が残りました。

 

第2章はシーア派とは何かを歴史的に振り返ります。

シーア派が第4代カリフのアリーの血筋を正統だと考えていることは、

受験世界史の知識でも知ることができるのですが、

さすがに池内の説明はさらに詳しくわかりやすいもので勉強になりました。

 

シーア派とスンニ派はムハンマド死後の後継者問題に端を発します。

後継者である初代カリフはムハンマドの妻アーイシャの父アブー・バクルですが、

アブー・バクルからウマル、ウスマーン、アリーへと至る「正統カリフ」の権力継承を認める「主流派」がスンニ派で、

ムハンマドの娘婿のアリーが正統な後継者であるべきだった(イマーム)と考える「反主流派」がシーア派です。

個人的に興味深かったのは、シーア派が「あるべきだった権力継承」という理想に立脚して、この現実を超克する立場にあることです。

スンニ派という主流派によって「虐げられた民」であるシーア派というあり方が、

反体制勢力の原動力となり、権力を掌握して王朝を築き上げるまでに至りました。

その代表がアラブ人によって従属民の位置に置かれたペルシア人を中心とするイランだと池内は言います。

 

第3章は1979年のイラン革命について詳しく語られます。

西洋化を進めたパフラヴィー朝がウラマーというイスラム学者による統治体制に打倒されたのがイラン革命です。

池内はイラン革命の衝撃を物語る4つの要素を挙げています。

 

(1)近代化・西洋化に対する否定

(2)イスラーム統治体制の樹立

(3)スンニ派優位の中東でシーア派が権力を掌握

(4)反米路線へ転換

 

このように整理してもらえると、

現在のイランのアメリカやサウジアラビアとの葛藤がどこに根ざすのかがわかりやすくなります。

 

第4章はイラク戦争後の宗派対立について、第5章はレバノンの宗派主義体制について述べていきます。

「レバノン政治は、この本のテーマとなる宗派対立の元祖・家元とも言えるような存在である」と池内が語るように、

本書の目的のひとつにはレバノン情勢を語ることがあるように思います。

 

レバノンが宗派主義体制と言われるのは、国内の宗派の人口比率に応じて政治権限を分けているからです。

レバノンはイスラエルの北に位置し、シリアとも隣接する位置にある国ですが、

これまでキリスト教のマロン派が国内の多数派を占めていたようです。

キリスト教諸宗派の人口が多数派であれば、議会の議席もそれに応じて多数が配分され、

大統領はマロン派、首相はスンニ派、議長はシーア派というように決まっていく、と池内は述べます。

これは各宗派に権限が分散するための工夫ではあるのですが、

出生や移民による人口の変化によりシーア派が実質上の最大派になると、各派が外国勢力を巻き込んで内戦へと発展しました。

その後、1989年にマロン派の権限を弱める「ターイフ合意」で和解がはかられました。

これに反発したのがマロン派の「自由愛国運動」を率いるミシェル・アウン将軍です。

しかし、アウン将軍の部隊がシリア軍に鎮圧されたことで内戦は集結しました。

そのままシリア軍のレバノン進駐も黙認されることになりました。

 

2005年にスンニ派の首相ラフィーク・ハリーリーが爆殺され、シリアの関与が疑われると、

シリア軍撤退を求める大規模なデモが続き、親シリアの内閣が総辞職する

「レバノン杉革命」が起こり、

民主化への期待が高まりましたが、結果はさらなる混乱へと突入しました。

このあたりの経緯は複雑なのでぜひ本書を読んでほしいのですが、

たしかに宗派対立という単純な視点では理解しきれない複雑な出来事に感じました。

 

レバノンにはシーア派のヒズブッラー(ヒズボラ)という反イスラエル勢力が存在します。

ここにはパレスチナとイスラエルの問題も関係しますし、

同じシーア派のイランがヒズブッラーを支援していることもあり、

イスラエルに肩入れしているトランプがイラン核合意から離脱することも、

このあたりの知識がないと理解が難しいと思います。

 

本書ではシーア派についての説明に力点があり、

サウジアラビアなどのスンニ派の実情についてはあまり書かれてはいないようでした。

【中東大混迷を解く】シリーズがこれからどうなるのかわかりませんが、

アメリカやイスラエルがアラブに及ぼしている影響を、池内が客観的に論じた本も読んでみたいと思いました。

 

 

 

『炎と怒り──トランプ政権の内幕』(早川書房) マイケル・ウォルフ 著

  • 2018.03.14 Wednesday
  • 09:47

『炎と怒り──トランプ政権の内幕』(早川書房)

 マイケル・ウォルフ 著/関根 光宏・藤田 美菜子 訳

 

   ⭐⭐

   自らを暴露しまくるトランプに暴露本は無用

 

 

本書はドナルド・トランプ政権の中心人物たちの困った人間模様を描き出した、いわゆる暴露本です。

著者のウォルフはメディア王のルパート・マードックの評伝などで知られるジャーナリストだそうです。

(そういえばマードックは本書でも何度か登場しています)

リベラル派や著名人に嫌われているトランプ大統領を批判した本なので、

規範的な視点からトランプ政権のお粗末さを嘆くようなスタンスなのかと思いましたが、

読んでみると、ウォルフがそのお瑣末さを面白がって書いているような印象を受けました。

トランプ政権の内幕を書けば金になる、というトランプに負けず劣らずの野心を感じます。

 

ウォルフは最初の章でトランプ陣営が大統領選に勝つとは当日まで思っていなかったと書いています。

 

トランプと側近がもくろんでいたのは、自分たち自身は何一つ変わることなく、ただトランプが大統領になりかけたという事実からできるだけ利益を得ることだった。生き方を改める必要もなければ、考え方を変える必要もない。自分たちはありのままでいい。なぜなら自分たちが勝つわけがないのだから。

 

トランプにとっては「敗北こそが勝利だった」と言い切るウォルフは、

勝利の瞬間、トランプが幽霊を見たような顔をし、メラニア夫人が喜びとは別の涙を流した、と述べています。

 

ここで描かれた情景が僕にはあまり腑に落ちませんでした。

たしかに事前のメディアの予想ではトランプは敗色濃厚という見込みであったと思うのですが、

直前までトランプは劣勢を跳ね返す粘り腰を見せていたはずで、

本当にトランプ本人が負けを望んでいたら簡単にそうなったように思うのです。

このあたり、必ずしも事実ではなく、反トランプの人々の実感にうまく合わせるような書き方をしている気がしました。

 

本書で描かれるトランプ像にはあまり驚くことはありません。

「トランプには良心のやましさという感覚がない」

「トランプはごくごく基本的なレベルの事実すら無視する」

「トランプには計画を立案する力もなければ、組織をまとめる力もない。集中力もなければ、頭を切り替えることもできない」

ウォルフは相当にボロクソ言っていますが、読者は特に違和感なく納得できるのではないでしょうか。

むしろ誰が見ても秀でた能力を感じない人物が、なぜ大統領になっているのかが謎なのですが、

トランプの実像を描いてもその答は得ることができないのです。

それより面白かったのは、トランプとメラニア夫人の夫婦生活についてや、

娘のイヴァンカがテレビ番組で父の髪型を笑いものにした話などでした。

 

この本を最後までキッチリと読み通す人はあまり多くないのではないかと推測します。

途中からスティーヴ・バノンとトランプの娘夫婦の権力争いを描くことに重心が移っていき、

肝心のトランプの影が薄くなっているからです。

バノンはボブ・マーサーという右派の資産家の後押しで「ブライトバード」という保守系メディアを経営し、

トランプの首席戦略官に就任し、大いなる成り上がりを果たした人物です。

ウォルフが「スティーヴ・バノンほどホワイトハウスに似つかわしくない人物はそういない」と書くのは、

バノンが63歳という高齢でありながら政治未経験者だという事実が影響しています。

彼はイヴァンカ・トランプとその夫ジャレッド・クシュナーをまとめて「ジャーヴァンカ」と嘲笑的に呼び、

クシュナーとの間で意見が対立すると、リーク合戦を繰り広げて互いの足を引っ張ります。

 

金を追い求めて挫折し続けるバノンの経歴も興味深かったのですが、

そんなバノンが保守系メディアで成功したのは、

リベラル系に比べて保守系メディアの「参入障壁が低いというメリット」があったという指摘に納得しました。

どこの国であれ、保守系メディアに登場する人物が社会への怨念を抱えていたりするのには、

そのような背景があるのかもしれません。

 

ウォルフが途中からバノンの視点に近接し、バノンの言葉や考えを生々しく述べるにつれ、

本書の主役はトランプではなくバノンなのではないかと感じました。

実際、本書はトランプ政権の誕生からジョン・ケリーが首席補佐官に任命され、バノンが首席戦略官を退任するまでを扱っています。

池上彰の解説にバノンが取材に全面協力したと書いているので、バノンの言に依存した結果だとわかりました。

そうなると、本書の内容にバノン的バイアスが反映していてもおかしくはありません。

 

本書の記述でなるほどと思ったところがあります。

ウォルフはトランプ政権をこう分析しています。

 

トランプ政権の矛盾は、他の何よりもイデオロギーに突き動かされた政権であると同時に、ほとんどイデオロギーのない政権でもあるということだ。(中略) ゲームで優位に立つより重要な目的など、まったくありそうになかった。

 

トランプは時としてリベラルに激しい批難を浴びせますが、民主党的なスタンスを取ることもあります。

トランプは「すべてを個人的にとらえる」人であり、頭には自分の勝利しかないのです。

(だから大統領選に負けるつもりだったとは僕には思えないのです)

 

「アメリカは、こういう人間を大統領に選んたのだ」とは解説の池上彰の言葉ですが、

日本もそれほど人のことは言えないように思います。

聖人君子をトップに抱くより、等身大で自分の分身のような人物こそが自分たちを代表するべきだと国民が考えるようになれば、

国のトップが凡庸な人になるのも驚くことではないように思います。

 

 

 

評価:
マイケル ウォルフ,Michael Wolff
早川書房
¥ 1,944
(2018-02-23)

『シリア情勢――終わらない人道危機』 (岩波新書) 青山 弘之 著

  • 2017.04.06 Thursday
  • 10:01

『シリア情勢――終わらない人道危機』 (岩波新書)

 青山 弘之 著 

 

   ⭐⭐⭐

   想像以上の複雑さ

 

 

街が戦場となり、多数の死者と難民を生み出しているシリア情勢について、
断片的な情報は耳にしても、全体像を描くのは困難です。
本書で青山は複雑なシリア情勢を冷静かつ具体的に記述することを試みています。

シリアの混迷は2011年の「アラブの春」による民主化運動に端を発しています。
独裁政権とも言われるアサド政権に対し、民主的な反対デモが起こりましたが、
著者の青山によるとその規模は大きなものではなかったようです。
そのため、実際にアサド政権に対抗したのはデモを利用した「反体制派」となり、
その両者の間で内戦が繰り広げられていくのです。

青山が強調するのは、
「悪」のアサド政権を打倒する「反体制派」を「善」とする見方が一面的すぎるということです。
「反体制派」といってもその内実は多様かつ複雑で、
巻末の一覧表を見るだけでも頭が痛くなってきます。
なにしろ「反体制派」といっても穏健派ばかりでなく、
そこにはアル=カーイダ系のイスラム過激派であるヌスラ戦線や、
あのISIS(通称「イスラム国」)も含まれているのです。
アサド政権が「悪」ならISISは「善」かといえば、そんなわけはありません。

アサド政権が化学兵器を使っているという報道もありますが、
国連の調査では「反体制派」も化学兵器使用の可能性を指摘されています。
もはやどちらに肩入れしても「善」にはほど遠い状況が想像できます。

多数の国家がそれぞれの立場でシリア情勢に関与していることも、事態を複雑化しています。
ロシアの空爆の報道も耳にする機会は多いですが、
そもそもシリアにはロシア海軍の補給基地があり、
その軍事的価値のためにロシアはアサド政権を守る必要があることを青山は指摘します。

トルコやサウジアラビアはイスラム過激派などの「反体制派」を支援しているようなのですが、
トルコはクルド人のテロ組織と戦ってきた歴史があるため、
「反体制派」のPYDというシリアのクルド民族主義政党を敵視しています。
ややこしいかぎりです。

イスラエルにとっては自らの安全保障のため、
敵対するヒズブッラーを支援するアサド政権の弱体化は歓迎ですが、
アサド政権が倒れたあとのシリアがどうなるかわからないため、
弱体化したままアサド政権が延命することが好都合となります。

このように一部を書いただけでもシリアに介入する国々はそれぞれの思惑を抱えていて、
整理して理解するのは至難の業に思えました。

また、戦災者の救助や治療を行うホワイト・ヘルメットは、
ノーベル平和賞にもノミネートされたので、
僕は人道的な市民集団のように受け止めていましたが、
青山によるとホワイト・ヘルメットはヌスラ戦線と親密な関係が指摘されているようです。
彼らは「反体制派」寄りであって、中立ではないと言うのです。
ホワイト・ヘルメットも安易に信じてはいけないのか、と正直驚きました。

読めば読むほど混迷が深まるような印象で、
シリア情勢を理解してスッキリするというような本ではありませんでした。
シリアの現状そのものを描き出すとこうなるのは仕方ないと思いますが、
混迷の原因に迫る考察が見られないのは物足りなく感じました。

 

 

 

『トルコ現代史 - オスマン帝国崩壊からエルドアンの時代まで』 (中公新書) 今井 宏平 著

  • 2017.02.17 Friday
  • 15:34

『トルコ現代史 - オスマン帝国崩壊からエルドアンの時代まで』 (中公新書)

  今井 宏平 著 

   ⭐⭐⭐⭐

   トルコの政治状況を理解するのに絶好

 

 

近年のトルコはエルドアン大統領とその出身母体であるAKP(公正発展党)が権力を強め、
イスラム色を強める反動的な方向へ向かっています。
「オスマン帝国崩壊からエルドアンの時代まで」という副題の通り、
このような事態に至るまでのトルコの現代史をまとめたのが本書です。

著者の今井はトルコの外交が専門なので、
本書の内容はほとんどが政局と外交の動きに集中しています。
トルコ史に無知だった僕が読んでみた感じでは、
オスマン帝国が倒れてトルコ共和国が誕生し、1960年のクーデターが起こるまでの時期
つまりは本書の最初の導入についていくのが大変でした。

次々に人物名や政党名が出てきて、全体像がつかめず整理ができないのです。
困って年表でもないかと巻末をめくったところ、
主な政党の系譜が年表化されている図を発見し、
それを参考にしながら読み進んだところ、理解が容易になりました。
予備知識がない方は巻末の図表を参照して読むのがおすすめです。

僕のような知識不足の人間を相手にするのであれば、
現在のエルドアンのことを考える上でも、
トルコ共和国がイスラム教という宗教色を政治から遠ざける「世俗主義」をとってきたことは、
もっと整理して提示し強調してほしかった気がします。
初代大統領のムスタファ・ケマルが6本の矢で示した理念に世俗主義もあるのですが、
多くの理念の一つとして書かれているだけですし、
トルコの軍部が伝統的に世俗主義を守護する役割をしてきたことは、
書かれてはいますが、もっと強調してもいい気がしました。
(それがオスマン帝国に対抗する動きであることも)
軍がケマルの理念を引き継ぎ、世俗主義を擁護してきた図式が理解できれば、
軍部のクーデターのイメージも一般的なものと違ってきますし、
何よりエルドアンの公正発展党がイスラム主義を強める背景に、
軍の力の弱体化があった理由や、
エルドアン支持にオスマン帝国への憧憬が結びつくことがわかりやすくなるのではないでしょうか。

クルド人の問題は時々ニュースで聞こえてきたりしますが、
本書ではかなり充実して記述されています。
大統領のオザルがクルド人であったことは知りませんでしたが、
クルド・ナショナリズムを基盤に武力闘争を行うクルディスタン労働党(PKK)についても、
本書でその輪郭を初めて知った気がします。

外交ではソ連との関係、アメリカやEUとの距離などについて語られています。
トルコのEU加盟は長らく問題になっていますが、
時期ごとにその交渉を取り上げ、なかなか進展しない理由が示されています。

後半は現在の政権である公正発展党について詳しく書かれています。
本書は代表的な政治家の出自をしっかり説明するのですが、
エルドアンがイスラム教の導師であるイマームの養成学校の出身であり、
神秘主義との関係も深い人物であることなどを知ることができます。

最後はエルトゥールル号事件など、日本とトルコの関わりに触れて終わりますが、
今井が執筆に2年近くかかったと言うように、力作だと思います。
ここまで詳しい歴史を知りたかったわけでもないのですが、
途中からは面白くなってグングン読み進めていけました。

 

 

 

『グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命』 (朝日新書) エマニュエル・トッド 著

  • 2016.11.06 Sunday
  • 23:08

『グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命』

  (朝日新書)

  エマニュエル・トッド 著 

   ⭐⭐⭐

   予言者トッドのお言葉

 

 

世界が混迷を極めているのは誰でもわかっていることですが、
先々どうなるかは誰にもわかるはずがありません。
そんな不安な国際情勢に答を求めてトッドがいつのまにか予言者のように扱われているのですね。

帯のアオリからはそうは見えませんが、トッドは人類学者で歴史学者です。
家族構成や人口変動、識字率、出生率などからその文化の特徴などを研究するのが専門のようです。
本書でも原始の家族形態は核家族であったと自説を語っています。

そんなトッドが自由貿易に反対する本を出したころに僕は彼を知ったのですが、
以前、TBSのニュース番組でインタビューを受けている映像を見ました。
国際情勢や日本がこれからどうすべきか、を尋ねていた気がしますが、
国際政治学者でもない人に、どうしてそんなことを聞くのか不思議でしたが、
なるほど、日本では国際情勢の予言者のような扱いをされているのですね。

本書はインタビューで構成されているためか、行間もスカスカで、
過去のインタビューも混じっているため、割高な買い物と覚悟して購入しました。
読んでみると、やはり前半部しか面白いという印象はありませんでしたが、
それでも価格に見合うくらいの満足感はありました。

特に面白いのはトッドが日本人の心情など無視しているところです。
トッドが日本の核武装をすすめるコメントをすると、
インタビュアーが被爆国であり核廃絶を訴えてきた日本人の庶民感情で違和感をぶつけることになったり、
日本はアメリカとの関係ばかりに頼らず、ロシアを含めた安全保障を考えるべきだと言ったり、
小さな島の領土問題で騒ぐことを「偽りのナショナリズム」と言ってあきれてみたりします。

ヨーロッパ人にとって遠い過去になった戦争のことでまだ騒いでいるアジア人が、
トッドにはどうにも理解できないという感じなのです。
なるほど、ヨーロッパ人から見ればそうなるのだろうと面白く読みました。
たしかに日本人にとって世界とはアメリカと東アジアであって、
本当のグローバル世界ではないのかもしれません。

トッドは文化形態で世界を考えるので、
アメリカというより「アングロ・サクソン」という捉え方になるようですが、
そのあたりも日本人の感覚とはかなりギャップがあるのではないでしょうか。

その意味でトッドの発言が日本人にとって予言的役割を果たすかというと、
僕には疑問なのですが、
日本人は自分で考えるより、偉い人にどうすればいいか教えてもらいたい思いが強いのかもしれませんね。

 

 

 

『コロンビアの素顔』 (かまくら春秋社) 寺澤 辰麿 著

  • 2016.10.18 Tuesday
  • 22:12

コロンビアの素顔』 (かまくら春秋社)

 寺澤 辰麿 著

 

   ⭐⭐⭐⭐⭐

   コロンビアを知る貴重な本

 

 

著者の寺澤は元財務官僚で、2007年から2010年までは在コロンビア大使でした。
寺澤はコロンビアを他のラテンアメリカ諸国と異なる存在とし、
知られざるコロンビアの姿を描き出すことに努めています。

先頃、コロンビアのサントス大統領がノーベル平和賞を受賞したので、
ちょうどコロンビアへの関心も高まっているところです。
(平和賞は左翼ゲリラFARC(コロンビア革命軍)との和解についてなので、
この問題に関しては寺澤の前著『ビオレンシアの政治社会史』を読む方がよいでしょう)

書名には「素顔」とありますが、現地人の生活を対象としたものではなく、
元官僚らしく行政と経済に関する堅い内容でした。
情報は充実しているのですが、読み易さには少し欠けている印象です。

地理や歴史について軽くふれたあと、政治体制と社会構造、経済政策の話になります。
寺澤が強調するのはコロンビアに軍事独裁体制がほとんど誕生しなかったということです。
自由党と保守党の二大政党制が長く続き、1991年憲法でそれが解体されましたが、
コロンビアには専制政治への拒否感や言論の自由が強く働いてきました。
ウリベ大統領の3選が妨げられたことにもそれがよく現れています。
(対して日本では自民党総裁の任期が3期9年に伸ばす案が浮上しています)

また、経済面ではハイパーインフレや通貨危機を経験していないのが強みです。
コロンビア経済が適切に増税を行い、ポピュリズムと縁がないことが大きいのですが、
その原因を寺澤は縁故政治とインテリ主導の官僚制、労働運動の弱さ、言論の自由に求めています。
新自由主義にも対応し、資源にも期待ができるため、
寺澤は投資の対象として経済的に安定したコロンビアを薦めています。

年金や社会保障についても興味深く読みました。
ただ、一般の人々の生活についてイメージできる記述に乏しいのと、
周辺国との関係性についての記述がなかったのが残念でした。
全体に内容はかなり専門的で、観光程度の興味に応える本ではないような気がします。

 

 

 

評価:
寺澤 辰麿
かまくら春秋社
¥ 1,944
(2016-04-15)

『ユダヤとアメリカ - 揺れ動くイスラエル・ロビー』 (中公新書) 立山 良司 著

  • 2016.07.06 Wednesday
  • 11:36

『ユダヤとアメリカ - 揺れ動くイスラエル・ロビー』

 (中公新書)

  立山 良司 著 

   ⭐⭐⭐⭐

   アメリカ在住ユダヤ人の葛藤

 

 

特定の団体が自己利益のために政治家に働きかけることをロビー活動といいますが、
アメリカの政治に多大な影響を与えていると噂されるのが、イスラエル・ロビーです。
1997年の「最強のロビー」調査で2位になったAIPAC(米国イスラエル公共問題委員会)がその代表ですが、
ビル・クリントンが大統領になれたのはユダヤ票が影響したとまでささやかれるほどの影響力があります。
本書によると、近年はJストリートという別のユダヤ系ロビー組織が力を持ち始めているというのです。

面白いのは、AIPACとJストリートの利害が対立していたりすることです。
2015年のアメリカとイランの核合意に対しては、
イスラエルにとっての脅威であるイランに核を持たせてはならないと、
AIPACは激しく反発しましたが、これに対しJストリートは賛成に回りました。
結果、合意が成立しAIPACは敗れました。

イスラエルにとって損なことを米在住ユダヤ人が支持するというのは、
これまでになかったことです。
立山はここに近年の米在住ユダヤ人(特に若い世代)のイスラエルに対するスタンスの変化があるといいます。

近年のイスラエルは右傾化を深めているのですが、
米在住ユダヤ人はマイノリティを擁護し多様性を重視するリベラルな思想に共感する人が多く、
自らの政治信条とイスラエルの政策が衝突することになり、
ユダヤ人であってもイスラエルに批判的な人が増えているようなのです。
Jストリートはそのような立場のユダヤ人に支持されているのです。

「基本法ユダヤ民族国家」というイスラエルで審議された法案などは、
ユダヤの民族色を強め民主主義を脅かす恐れがあると問題になったようです。
成立したらイスラエルの約20パーセントを占めるアラブ・パレスチナ人の差別をより強化しそうですし、
イスラエルが右傾化していると言われても仕方がないような気がします。
(他国で差別を受けたユダヤ人が自国では他の人種を差別するなんて、わびしいですね)

僕はイスラエルが好きではありませんが、
米在住ユダヤ人に対しては同じように考えてはいけないのだと本書から学びました。
大統領選を戦ったバーニー・サンダースはユダヤ系ですが、イスラエル批判をしていました。
健全な批判力を持っていることはリベラルの条件だと強く感じます。

立山は一章を割いて米在住ユダヤ人の多様性について書いています。
ユダヤ人の4人に1人が無神論者だというのも意外でした。

この前日本がイスラエルと防衛装備の共同研究をするというニュースがありました。
無人偵察機の研究となっていますが、イスラエルには「鉄のドーム」というロケット弾迎撃システムがあります。
そういう興味もあるのではないかと想像しますが、
日本が「東洋のイスラエル」にならないように僕たちも批判的視座を忘れてはいけないと思いました。

 

 

 

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